Kanchan(@kanchanblog)です。
今回はトラウマ体験をカミングアウトします。
トラウマ体験
小1の時に学校でうんこを漏らしました。
大人の今になって思えば、笑い話、些細な失敗談のように思えますが、当時は絶望して消えてしまいたいと思ったものです。
子供心にトラウマになっていたのだと思います。
その後も「後遺症」がしばらく続きました。
小学生当時、男子トイレの個室に入っているのを見かけると、「うんこ、うんこ」とからかってふざけるヤツが必ずいました。
それを気にして教室から離れたトイレに用を足しに行ったり、学校では大は我慢する子は多かったように思います。
Kanchan少年もそんな子の一人で、どうしても大をしにトイレに行きたくありませんでした。
悲劇は少しお腹が緩くなっていた日に起こります。
その日は午前中から便意を催し、ずっと我慢していました。
授業どころではないので(笑)、保健室へ行ったり早退したりしても良いようなものですが、言い出せなかった少年は、肛門にキュッと力を入れてひたすら耐えることを選択しました。
「昼休みも耐えて、午後の2時間を凌げばゴール。」
終わりが見えてきた油断か、お腹とお尻に限界が来てしまい、授業中に静かに脱糞。
学校のトイレで便をするどころか失禁して、誰に何と言われるか分かりません。
ごまかして家まで帰れるのか?
冷や汗も凄かったと思います。
絶望とともに終業時間まで待って、家路に着きましたが、よりによって当時流行っていた「カンチョー」をうんこパンツの上から喰らってしまいました。
ひょうきんで悪気の無いヤツだったと思いますが、この時ほど恨んだことはありません。
臭っせー!と言われましたが、うんこの事はアンタッチャブルと察したのか、それ以上詮索しては来ませんでした。
家に帰ってから母親に下着を片付けてもらって、この”事故”のことは忘れようとしました。
トラウマの後遺症
翌日以降、いじめやからかいや笑いの対象となることはなく、何も無かったかのような日常生活が待っていました。
繊細な少年に気を遣っているのか、気付かれずに済んだのか、真相は定かではありません。
日が経つにつれて、気にしなくなっていき、自分でも忘れようと努めていました。
両親の都合で転校にもなり、気にする必要は全く無くなりました。
しかし、心の傷は消えてはいませんでした。
寧ろ、心の傷は忘れようとするほど根が深くなるのだと思い知ることになります。
一見忘れられている時にトラウマは意識することすら出来ず、謎の「身体症状」や「心因反応」として表れて、自身の行動を制限するだけです。
トラウマの影響①
思春期に入った頃、トイレにすぐ行けない状況になると、腹痛、下痢に襲われることに気が付きました。
学校では休み時間の度にトイレに行ったり、電車では駅に停まるたびにトイレに行くこともありました。
トイレに行って良くなっても、再びトイレに行けない環境に戻されると5分と経たず腹痛が再燃するのでした。
例の”事故”のことは忘れていたので、呪いにでもかかったのかと思いました。
「異常な自分」に嫌気がさしてもいました。
整腸剤や「正露丸」は有効で、手放せないものとなっていました。
当時は「異常」であるとしか思えず、下の話なので誰に相談出来るでもなく我慢を続けていました。
大人になるにつれてトイレをからかう者はなくなり、症状は次第に軽くなっていきました。
医学を学んだ今なら典型的な過敏性腸症候群であると分かります。
過敏性腸症候群について調べて、有病率が1割程度/生涯有病率7割程度と、珍しいものではないことだと分かるだけでも大分救われた気持ちになりました。
対症療法も沢山ありますし、マインドフルネスやセルフコンパッションでストレスの根源を見つめ直すことが出来れば、症状はかなり良くなると思います。
炎症性腸疾患との鑑別のための大腸内視鏡検査がまた受診のハードルを上げてしまうかもしれませんが。
この腹部症状、過敏性腸症候群がトラウマによる「後遺症」の1つ目だったなと今になって思いました。
トラウマの影響②
2つ目は「みんなの前でトイレに行きたいと言えなかったこと」から来る、自信の無さです。
人前で声を上げて意見を出すことに対する苦手意識が長い間自分の中に残っていました。
内向型であったり、自意識過剰な性格特性でもあり、トラウマの影響だけではないのでしょうけど、影響していることは否定できないと思っています。
学校や仕事の中で必要に迫られて少しずつ出せるようにはしていきましたが、苦労する性質だと思いました。
トラウマとの向き合い方
トラウマ体験を忘れようとするのは自然な反応ですが、目を背けて過ぎ去ったつもりになっても乗り越えた訳ではありません。
意識的にも無意識的にも影響を及ぼす結果となります。
乗り越えるために必要なのは、向き合うことだと思います。
大きすぎる衝撃に耐えられなければ時間を置いても良いでしょう。
一部分だけ取り出して向き合ってみても良いでしょう。
その時の感情(恥、罪、恐怖、不快感など)や感覚(痛み、不快感、吐き気、めまい感など)を「観察してみる」
思い出した時に感じる感情や感覚を観察してみる。
身体のどの部分にどういう感覚が表れるか。
そういった自分の心身について、詳しく理解していると強くなれます。
「レジリエンス」が高まって、困難に対して柔軟に対応しやすくなる「真の強さ」です。
トラウマ体験については、記憶に蓋をしておきたい「黒歴史」でしたが、ふと思い出して観察してみて、
「きっと今なら消化できる」と無意識が判断したのだろうなと思いました。
トラウマに縛られていると、行動に制限がかかります。
今回の件で言えば、
- トイレがない場所が怖い
- 大衆のいる所が怖い
- 人前で意見を伝えることが躊躇われる
という点は人生にとってマイナスになります。
トラウマによるマイナスをゼロに押し上げられれば世界は結構変わると思います。
誰かの参考になれば幸いです。