仕事

初期研修医指導に関わって

フリーランス医師として時間を作り出したというのに、コロナ禍で自粛期間となり、手持ち無沙汰になっていた今年4月。

元勤務先の指導医の先生から、指導を手伝って欲しいと声を掛けられ、5月から始まった研修指導のお仕事。

一区切りついたのでまとめておきたいと思います。

導入期研修について

研修の仕組みについて簡単に言うと、

同院では新卒採用した1年目初期研修医は、4月の一カ月間オリエンテーションに費やした後で、5月から研修開始となり、全員総合診療科病棟に配属され、

1週間ずっと病棟で、数名の担当患者を主治医として診ることになります。

いきなり出来る訳はないので、3-5年目の研修を終えた医師(直接指導医)が、1人ないし2人の研修医を文字通り手取り足取り教えながら行います。

当直、救急外来、外来といった外せない仕事を除き、病棟で研修医を見守るのが直接指導医の仕事。

直接指導医の上に、研修を取り仕切る有資格の指導医が居て、チームとして診療を監督しています。

このスタイルで、医師として最初の基礎となる部分を育てる半年間の「導入期研修」が同院の売りであり、総合医志望の若い子たちを集めています。

ただ、一民間病院にそこまで人的、経済的余裕はなく、「外せない仕事」が多くなり、指導医が誰も居ない状況が時々あり、

また、外部からの視点や、医師としての私の経験を伝えて欲しいということで、指導医チームに週2日加わって研修のサポートをすることになりました。

前半部分

顔合わせで感じた研修医の印象は、マイルド。

6人フルマッチが1人受験失敗、5人で開始でした。

周りに合わせる協調性が見事なくらいに皆高く、攻撃的だったり斜に構えたリ捻くれたりした人間はおらず、「やりやすい」スタートでした。

でも、人の言うことを疑わずに受け入れてしまい大失敗を犯さないか、心配にも感じながら見守ることにしました。

最初は、病歴聴取、身体診察の実践、カルテ記載についても分からない「白紙」状態でした。

研修医に教えるのは、「自分は研修医時代どうだったかな?」と思い出す作業の連続でした。

自分が研修医時代、主治医として優秀であったとは毛頭思っていないので、研修医に求める水準も低めでした。

自分を棚に上げて高い水準を要求してイライラしたりする指導医もいたり。

指導医も各々思うところがあるようで、また、人間関係の相性もあり、ストレスをチェックしたりもやっていました。

手取り足取り教えてくれる直接指導医がいて、経験を重ねることで、情報収集は上手になっていきました。

半年間の導入期研修のうち2ヶ月くらいをかけて土台作りをしていました。

鑑別を考えて、プランを立てるところまで医師の仕事としてセットで考える癖が付いていますが、初期段階でそこに口出しし始めると、

手一杯のところに仕事を上乗せしてパンクしてしまうので、指摘したい気持ちをグッと抑えて、問診、診察、カルテの読み込みに注力するようにしました。

診察法や画像の読み方などについてのレクチャーを担当したりすることもありました。

前半は成長が見えやすくて楽しい期間だったと思います。

後半部分

情報収集が上手になってきて、鑑別診断を考えたり、方針を考えられるようになるというのが導入期研修の後半の目標でした。

そもそも総合診療科病棟というものが曲者で、病院の中で一番診断が難しかったり、治療が難しい患者さんが集まるところです。

指導医クラスの先生でも「手を焼く」難解な病態の患者さんを診断し、着地地点を見つける作業は答えのない問題を解かされているようなもの。

絶対的な正解はありません。

そこに納得と同意があれば、正解。みたいな。

難しい症例に頭を悩ませる経験をこの時期にさせるのが正しいことなのか、いつも議論になっていますが、他に診たい人もなく、現状維持の誘惑に負け続けて伝統になってしまっているところもあります。

診断がつかない、治療が上手くいかない。

そんな難しい症例でも手放すことは出来ない。

そういう苦労も含めて学ぶべき「臨床」

考えているような、考えていないような。

哲学的な問題だと思いました。

研修というより、総合診療科の在り方に関わる問題だと思いました。

「何でも屋」はどうしても、何でも屋でない人のやらないことをやらざるを得なくなります。

診断のつかない人はもとより、病院にない専門科の疾患、患者さんを取り巻く環境・人間関係に問題がある方、などなど。

研修医にトラブルが起きた!と思って分析を深めていくと、仕組みの問題、病院組織の問題、哲学の問題、蓋をしてきた「臭いもの」が噴出してくるかの如く見えてくることがあり、考えさせられました。

深入りするほどにイライラする自分に気づき、距離を置いたりもしました。

「人を変えようとすることは、失敗の始まり。」

問題との関わり方、捉え方、考え方を変える方が良いことが多いと思います。

研修医に起こった問題で大きかったものは、「ある研修医が主体的に、責任をもって考えて動いてくれない」という直接指導医からの嘆きでした。

受ける質問も答え・模範解答を求めて一直線で、必要な思考過程が取られていないこと。

「やることはやってあるけど、考えられていない」

それでイライラしている指導医。

人間同士の相性もありますし、研修医の個性、指導医の個性もあります。

当の研修医は漠然とした課題を与えられて、困惑し、指導医との溝を感じて接触を減らすようになっているようでした。

処置もコミュニケーションも課題をこなすのも上手で、器用な研修医でした。

逆に、イライラしてしまう指導医の方に問題があると考えてみてみることにしました。

すると、経験半年の研修医に求めるレベルとしては高すぎるところがあること。研修医のダメなとこ探しになっていること。に気付くことができました。

同期の出来過ぎた研修医と比較すると、見劣りしてしまう「主治医としての自覚」とでも言うべきもの。

ダメな奴とレッテルを貼ってしまうと、その印象を強化して正しかったことを示すためにダメなところを探すようになってしまうという、確証バイアスだったのでしょう。

指導医面談を繰り返して、その研修医のことも認められるようになり、関係は改善して行きました。

人を客観的に評価するのは難しいことです。だから誰かの評価が「絶対」になってはならないのだろうと思います。

一つの施設で医師の適性を判断してはならない。

上手くいっていない全ての医師に言えることだと思います。

趣味としての人間観察を楽しめる、また、他人の成長を見守ることが出来る貴重な経験でした。

また、機会があればやりたいな、と思いました。

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kanchan
一般内科、消化器内科、救急、脳神経外科、大学病院、関連病院、民間病院。色々な医療現場を経験してきました。 医療×テクノロジーで未来を創造することが夢です。

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