イントロダクション
ちょっとした挑戦があったので記録しておきます。
SHIPメンバー限定で今年から有料ゼミがいくつか開催されるようになり、3Dプリンターについてのゼミを受講しました。
講師はNODE MEDICAL社の吉岡純希さん。
デジタルアートを臨床現場に取り入れたりされている凄い方です。
クローズドイベントで3Dプリントの入り口についてお話があり、
TinkerCADで簡単なプレートを作成しました。

「アイデア次第で何でも作れる」という3Dプリンターは魔法のようで、少年心をくすぐるものがあります。
ゼミの募集があり、すぐに受講を決めました。
ゼミ開講
3Dプリンターの性質や機種によって出せる素材、素材の出し方など基本的なことから勉強です。
これまで全く縁がなかった世界で、興味深かったのですが、一番気になったのは1台数万円で家庭用に入手可能な3Dプリンターが市販されているということ。
「これは大人のおもちゃだ」と思いました。
子供のおもちゃも作れるけれど。
実習の中で、何を作ってみるか?考えてみることになりました。
アイデア出しになった時に真っ先に浮かんだのは、壊れてしまったBoarding ringの復元。
ヒンジの部分で2度破損し、接着剤では修復不可能になっていたので、フレームを設計して、生きているレンズを活かして作るしかない状況。
3Dプリンターの出番だと思いました。
これを作る!と宣言したことで、メガネフレームを作るプロジェクトが始まりました。
しかしこれはなかなか大変なものでした。
円柱とか直方体とか単純な立体ではない構造物を作るのは、それなりに手間がかかります。
ゼミで紹介してくれたモデリングソフトはTinkerCADとFusion360
それ以外にもライノセラス(有料)など、モデリングソフトは多数あり、特徴を把握して、良いとこどりをするのが思ったようなデザインをするために重要だと知りました。
モデリングソフトは手段であって、目的ではない。
一つのソフトの扱い方を極めたところで、その講師にでもなるのでなければあまり意味はありません。
実践編
メガネフレームを作ると決めて、調べてみてわかったことは平面があまりないということ。
人間の頭蓋骨が楕円形のような形なので、それにフィットするメガネは曲線が主体となっています。
いよいよ難しくなってきたなと思いました。
1人でやろうとしていたら挫折していたと思います。
作るものをゼミで宣言してしまったがために、後に退けなくなった部分は確かにありました。
壊れた実物があるのだから、まずは測定して、設計図に落とし込んでみることにしました。
というわけで、Amazonでノギスをポチリました。

そして、上から、横から、斜めから実物をスケッチしながら凹凸や各パーツ、穴などの長さを測りまくりました。
そして、だいたいの形とサイズ感が明らかになってきました。

手を動かしてみたことで、「何とかなるかもしれない。」と思えました。
そして、複雑な形を作るにはFusion360の方が向いていると思ったので、正面からのスケッチを立体にしてみました。
Fusion360はそれなりにユーザーが居て、チュートリアルも沢山まとまっているので有難かったです。
細かい操作が若干面倒なソフトですが、慣れてくると合理的に使えるようになってきました。

メガネ型の金太郎あめを作って、上からのスケッチを元に切り出す作戦にしました。
ここまで形になってくると、何となくいけそうな気がしてきます。

対称移動してコピーとか出来るので、半分出来れば完成のようなもの。
直線と曲線を良い感じに繋いでくれる機能もあり、フレームの大枠を作るのは意外と時間がかかりませんでした。
鼻あての部分が、実は一番大変で、フレームの辺縁に沿った曲がった立体を横から曲線を作って切って、フィレットを入れて、移動して、フレームに結合させて、と手間がかかりました。
8割を仕上げるのに2割の時間がかかり、残り2割を詰めるのに8割の時間がかかると言うのは分かる気がします。
つまりは、もう8割の時間がこれから始まるというわけです・・・!!
メガネをメガネとして機能させるには、今回の場合、1.レンズがフレームに嵌ること、2.ヒンジが連結して開閉できること が必要でした。
まずはヒンジの作り方を探しました。
メガネショップでの殆どのメガネは、小さなネジで連結していることが分かりました。
3Dプリンターでマイクロビスの穴を作ろうとすると、精度が足りませんし、ネジをどうするかという問題が発生します。
そもそも、Boarding ringもマイクロビスで接続部が作られていましたが、その小さなところに負荷がかかり、修復不可能な壊れ方をしてしまったのです。
ビスを使わないメガネの接続を探しました。
先生にThingiversなど、3Dデータが公開されているものがあり、商用利用しないのであればパクるのも全然アリと教わり、探してみると、

いい感じのヒンジを使ったメガネのデータを発見!
STL形式のデータをダウンロードして、Fusion360に取り込もうとしたところで問題が発生。
Fusion360に取り込むとメッシュボディとなり、通常のボディのように切り取ったり、操作することが出来ません。
STLは三角メッシュで、Fusion360のボディは四角メッシュだから直接扱えず。
別ソフト(FreeCAD等)で三角メッシュを四角メッシュに変換できれば良いのですが。
別ソフトを駆使しても超多角形は変換に時間がかかるとのこと。
今回のメガネデータではフリーズしてしまい変換不可能でした。
堂々巡りした挙句、出来たところまでのFusion360で作ったフレームのデータをエクスポートして、TinkerCADに取り込み、切り貼りしてみることにしました。

TinkerCADでは、Fusion360で悩んでいたのがウソのように取り込んだ立体の加工が簡単に出来ました。
モデリングソフトの得手不得手を理解しておくのが大切だなと実感した瞬間でした。
ヒンジの部分を切り取ったり、角度を変えたり、移動して合わせたり、微調整は0.01mm単位で数値も入れられるので余裕でした。
削って、連結して、間が空き過ぎないようにしたり、変なスキマを埋めたりして、プロトタイプが完成しました。

STL形式で送って、印刷してもらって、手元に届いたのがこちら。

モデリングソフト上で作っていたものが実物になるのは感慨深いものがあります。
3Dプリンターは魔法ではないので、中空に物質を出現させることは出来ず、下から溶かしたプラスチックを積み上げていって作り上げる仕組みになっています。
そして、出来た傍から転がったり落下したりしないように、土台や支えが付いて印刷されてきます。
土台や支えを外して完成となるわけですが、印刷の向きで綺麗になったり、ガタガタになったり、強度が変わったり、特性が微妙に違っていて、3Dプリントの奥深さを知りました。

縦方向の印刷では、横方向の印刷より正面が綺麗に出ているのが分かります。
輪っかが一層で描かれるか、積み重ねて作られるかで強度が異なるのがミソ。
ヒンジが綺麗に出たように見えた横向き印刷の輪っかが実は弱く、付け外しで破損してしまいました。
破損しやすいヒンジの部分の受けとなる輪っかの強度は縦方向の方が横方向より強いことが分かりました。
フレームの正面のガタガタも縦方向の印刷では見られず、フレームの印刷は縦方向の方が良さそうだと分かりました。

素材の種類であったり、密度の設定だったり、印刷の向き、支えの入れ方など、変更できる設定はまだまだたくさんあり、試せることは多そうです。
(3Dプリンターを持っているのであれば・・・)
フレームはきつきつで全く入りませんでした。
ヒンジはこれでOKとして、レンズをフレームに入れられるようにすることが次なる課題でした。

単純に厚いフレームにして、溝をハッキリと出るように深めに作ってみました。
溝にしたい複雑な形の立体はFusion360で作成し、溝にするための立体の引き算はTinkerCADを使用、というようにここでも組み合わせて作成しました。
そしてアナログへ
改訂版を印刷して頂いたものが届き、ここからは削ったり、磨いたり、切ったり、貼ったり、工作の世界でした。
3Dプリンターだけで製作を完結するのはまだ難しいようです。
支えのプラスチックであったり、ガタガタした面であったり、フレームやヒンジなど調整が必要な箇所は磨いて、合わせての繰り返しになります。

一発で印刷完了しない複雑な形状だったようで、失敗品も付けてくれました。
支えを丁寧に剥がして、溝を特にしっかり出してみて、フレームにレンズを入れてみました。
ギリギリ入らない、丁度いいサイズで出来ていたので手応えを感じながら、削って、合わせてを何度か繰り返しました。
最後は力づくで入れないとならないのですが、細いフレームには見事に亀裂が入ってしまうのでした。

結果、一勝三敗で亀裂が出来てしまい、おまけに正面フレームの正中でも強度が足りず、支えから外しただけで割れてしまうのでした。。
美しくなくてもいい。
ただ使えるメガネを作ろうと思っていたので、構わず合わせて、接着剤で付けて形にしようと思いました。
正中は面積が小さいので、合わせた後に周囲の四面を接着剤で二層に塗り固めて補強しました。

何とか及第点の形になりました。


畳めないという欠陥が残りましたが・・・。
Fusion360上で完成出来れば、連結して、ヒンジの運動をソフト上で再現出来るので、分かったのかもしれません。
或いは、耳にかける所を片方だけ1cm曲げることが出来れば。。。
まだ課題は残りますが、ゼミは完結となりました。
(追記 2020/10/12)
PLAで印刷されたものを変形・加工することがないか調べてみました。
PLAは安くて出力しやすく、失敗しにくい素材として広く使用されています。
精巧な仕上がりには出来ず、斜面などは特にガタガタしてしまい、60度程度の真夏の車内などでも変形してしまうという特徴があるということ。
つまりは、温めれば形を変えられる!かもしれないということです。
試してみました。
熱湯を沸かして、容器に入れ、浸してみましたが硬いまま。
厚みもあるため、しっかり加熱しないと変形できないのかなと思い、フライパンで沸騰させた湯の中で力を加えてみました。

すると、ぐにゃりと曲がり、変形させることができました!
加熱しすぎると溶けたり、変形をコントロール出来なくなりそうなので、湯から引き揚げながら少しずつ変形させていきました。
畳むときにぶつかるところを変形させることによってぶつからないようにさせつつ、装着感を損なわないように気を付けて調整しました。



無理なく畳ませることに成功。
正真正銘、これで完成です。
感想
壁にぶつかって、解決策を考えて、思いついて試してみて上手くいく、という成功体験を積み重ねていくことで完成に近づいていくプロセスが病みつきになりそうでした。
初心者が作るには、メガネフレームは難易度高めの製作物であったと思います。
実作業時間は10-15時間位だったと思いますが、何度か壁に当たる試練がありました。
壁にぶつかっては、考えながら眠って翌朝思い付いたり、散歩に出掛けてヒントを得たり、
一旦離れる気晴らしの時間が着想を与えてくれた感じがしました。
そして多分、吉岡さんの印刷技術が成功の半分以上を占めていたのだろうと思います。
作れる物も作り方も、アイデア次第で無限に広がる3Dプリンターの世界。
深入りしてみようかなぁと思いました。

[…] 壊れてしまったBoarding Ringを3Dプリンターで作り直した話はこちらに。 […]